はじめまして。陶芸家・深田 涼です土なのか、火なのか、歴史なのか、表現なのか、何に魅せられてるかは分かんないけど、この ”やきものの街” 愛知県瀬戸には ”陶芸” に魅せられてる人がたくさんいる。しかも近所にいっぱいいる。散歩中に、買い物中に、ランチのときに会うくらいいっぱいいる。夕飯のお肉買ってるときに会ったときはお互い爆笑したり。 陶芸家は寡黙なイメージとか言うけど、そんなことない!! 私の尊敬する陶芸家はみんな、すごくフランクで素敵。でもクレイジー! 大好きな私の推し陶芸家の皆さん、“変態” を誉め言葉とするこの世界で活躍する皆さん。 そんな推しを最前線で見ることができる私も”陶芸家”、”陶芸” に魅せられた一人。瀬戸の陶芸家の深田 涼といいます。よろしくお願いします。連載への想い ここまで話したように同業者である”陶芸家”も好き。どんな風に好きかというと、ミーハーに好き。一緒に飲んでるとき、「この人達の集まりに参加できるだけでも作家になってよかった~☆」と思う感じに好き。だから編集長の『ほやほや』のほや子さんにお願いしてしまいました。全12回の作家のインタビュー記事を書きたいって。ただ、最初に謝ります。物書きの仕事はしたことないから、インタビューにならないかも。感想文なのかもしれない。でも、素敵にクレイジーな陶芸家の皆さんの魅力的を伝えれるように、言葉を紡いでみます。ちなみに、今回は全12回のうちの0回目です。執筆する私、陶芸家深田涼の説明の回です。こんな作家が書くんだなって思ってもらえたら嬉しいです。てか、そのために書きます。自分の紹介って結構恥ずかしいんですね。 では、改めて、瀬戸で焼き物を焼いてます ” 深田 涼 ” です。どうぞよろしくお願いいたします。 瀬戸は1000年の焼き物の歴史がある街です。最近は藤井総太君のおかげで一気に有名になった町でもあります。私の工房は“尾張瀬戸駅”のエリア、昔の瀬戸の中心地にあります。瀬戸に工房を構えて、もう10年くらいかな。のびのびと素敵な作家に囲まれて作っています。 私は瀬戸生まれだけど、焼き物関係の家に生まれた訳ではなくて。20歳まで全く美術に興味がなかった。美術館は行くけど、作品の前で泣くとか、動けなくなるとか、そんな経験はない。普通に企業で働くと思って学生時代を過ごし、その通り、車のメーカーに就職した。アーティストとか作家とか ”物を作って表現するという” 職業は遠い存在だった。 転機は、21歳のとき。体験陶芸で経験したロクロが気持ち良すぎた。多分、仕事のストレスとか色々溜まってたのだろう、ほんと楽しくて。その晩、夢の中でもロクロをひいていたことは覚えている。それから2年間、ロクロが面白くて、月に1回だけど習い始めた。習うというより、遊ばせてもらっていたのかも。通った場所は父の知り合いの陶芸家さんの工房、2時間ほど自由にロクロの体験をさせてもらえた。分からないときだけ教えてもらうスタイル。それがよかったし、どんどん魅了されていった。飽きることなく2年間楽しんだことはよく覚えている。飽きない自分に内心驚いてもいたから。 ちなみに、あれから18年、気持ちが変わらない。時々逃げたり辞めようとしたけど、ずっと、魅了されてて、大好き。 話が戻って、23歳のとき、OL3年目。「そうだ、陶芸教室の先生になろう」と、京都に行くようなノリで陶芸の学校の願書を手に入れた。反対されるのが怖くて、友人1人しか話さなかった。親にも上司にも親友にも言えなかった。それに、誰かに話すと、自分の思いが手から零れそうで、それも怖かった。多分、とても大切な感情だったのだと思う。瀬戸窯業高校専攻科陶芸コースに入学が決まって、みんなに話したら、みんな気づいていたみたい。 ちなみに、この時点では作家になる気はなく、なれるとも一切思ってなかったです。これは誓ってほんとです。だって作家で食べていくなんて未知の世界、陶芸教室の先生になる予定だったから選べた選択。今でも、自分が物を作り、アーティストや陶芸家と呼ばれ、生きていることが不思議。私は作家としての自覚度が低く、焼き物の世界の上澄みの部分だけを見てるような気がする。 もちろん、深く潜るように作るときもあるけど、瀬戸の作家達はもっと深く力強く泳いでるように感じる。それこそ、潜った先に見える底の、泥の中までも掘り進むような力強さ。その姿にあこがれるけど、私は上澄みの中が気持ちよくて。選んで深く潜らないようにしてる。そんな作家です。 すみません、”潜る”など感覚的な言葉になりました、言い方を変えます。私の作り方は、化学的に焼き物を見ています。私の持つ釉薬(釉薬=色や質感など陶磁器を覆うもの。灰・陶石・砂・金属・顔料などを混ぜて作ったもの)はすべて計算式があり、パソコンでデータ管理しています。経験よりデータの数字を見て作っています。もちろんロクロなど身体的な技術は使いますが、瀬戸をはじめ日本の作家のロクロ技術は高いです。 釉薬の数式をゼーゲル式と言いますが、この式を使えない人はけっこういます。この瀬戸で特徴を出そうと思ったら、消去法で化学的なアプローチになりました。でも、運がよかったのは、選んだ釉薬の研究が自分に合っていたことです。窯の力を最大限借りて作る色は、さらに私を陶芸へ魅了しました。消去法だけど、色の研究が好きですし、焼き物の色が好きです。この部分が、自分は上澄みの部分を遊んでいるように感じさせます。この世界を漂うように色の研究してる感じ。色々と、軽いんです。ふとした瞬間、深く潜る彼ら彼女らを、憧れと尊敬で見てしまいます。 ここが陶芸家達に憧れ、今回執筆したい理由と絡まってきます。OLのまま生きてきていたら、“客と作家”の関係のまま人生を終えていたはず。私は軽くても、同じ業界という海で活動しているから見られる一面。一緒に展示なんてしたら、もう、その期間は面白すぎて。舞台袖で、または最前列の席で、作家達を見られるこの贅沢。時に、彼ら彼女らの悩みも笑いも最前線で見られること、すっごい幸せな状況!!別に、話している内容は特別な事ではないんです。他愛ないこと、馬鹿な事。それに加えて、技術や歴史背景、昨今の焼き物業界を取り巻く事情、そういうのが分かるから通じる話や愚痴もある。技術に関しては、陶芸を学んでないと分からないクレイジーな部分もたくさんある。作陶の話になると、垣間見える炎のような情熱が、なんとも堪らない。伝統を背負ったゆえの苦悩とやりがい、この部分は、私には一生持てない感情。一滴の嫉妬は感じつつ、客席から勝手に見学してるような自分がいる。 最初に作家をクレイジーだと言ったのは、この便利さを追求したような世界で、あえて、自分の手を使う職業を選んだこと。人によっては縄文の時代と変わらないような作り方をしている、なんとも珍しい世界。わざわざ、めんどくさいことを選んでいるようにしか見えない。でも、そこにしかない魅力があり、あえて、その世界を選んだ変態達を、最前線で見ることができる私。しかも、みんな、近所に住んでるご近所さんだし。 紹介したくて堪らない人達ばかり。そんな憧れとミーハー魂が入り混じり、生まれた企画がこれです。 長々と紹介と説明を読んでいただきありがとうございます。これから12回、登場していただく作家は、私が書きたいと思った方々。性別も年齢も技術もキャリアも関係なく、一つ共通点をあるなら、”近所にいる”くらいかな。 最後に。文中にある“炎のような情熱”とが垣間見える記事になるよう努めます。よろしくお願いします。