〜中心市街地のゴールデンルート その2〜
せと末広町商店街」にある「喫茶NISSIN」を出て、東へと進んでいくと、徒歩数分で、やきものの産地らしい景色にワクワクする洞町へと突入する。道がどんどん細くなり、路地に古民家が増え、ひとクセもふたクセもある店主が営む輸出向陶磁器西洋人形店「ピアフ」(ツッコミどころ満載。またじっくり紹介します)や、大量のせとものが紐で掲げられ、並んでいる陶器店なども現れて、やきものの産地だー! ということが実感できる。

洞町(ほらまち)は尾張瀬戸駅からもっとも近い、市内でやきものの関係者が集まる地区。駅からだと、徒歩20分ほど。昔は山の斜面にいくつもの登り窯が築かれ、陶器工場の煙突からはもくもくと煙が上がり、煙が多ければ多いほどもうかっている証だった。「瀬戸へいかんでどこへいく」「宵越しの金は持たない」というぐらい人が集まり、当時はものすごく活気があって、給料は月に2回で1日でパーっと使う気前のいい人が多かったそうな。洞町を代表するやきものは、江戸時代中期につくられはじめた、うずまき模様が描かれた「馬の目皿」や「石皿」。明治時代になると、「敷瓦」を前身とする日本で初めて量産された陶器製の本業タイルも誕生した。そんな歴史を持つ洞町で、当時の空気感がそのまま伝わってくるような場所が、当時のメインストリート「窯垣の小径」。窯場へ向かう職人さんや窯から出された製品が行き来したかつてのメインストリートで、山の起伏に沿って約400m続く。

“窯垣”とは登り窯などを焼くときに製品を並べたり、保護するために使用した柱の役割を持つツクや、正方形のタナイタ、製品を重ねる筒のエンゴロといった窯道具を使った塀や石垣のこと。やきものを捨てるのもなかなか大変で、なんとかできないものかと考えた結果、再利用して柄や板垣が出来上がったというから、すごく理にかなっている。よーく見ると、窯元ごとの屋号の刻印などがあったり、並べ方もまちまちで、並べた人の性格が出ていておもしろい。
次回は、通り沿いにある「窯垣の小径資料館」へ行ってきま〜す。

 

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