さて、本日は瀬戸が誇る、超さわやかなイケメン和菓子職人の「三好屋老泉」三代目の老泉翔太さんをご紹介します! いや〜、うつくしい。眼福。

老泉さんといえば、とってもキュートな動物の形をした上生菓子をつくり、Instagramで写真や動画をアップし、大好評。和菓子教室を開いたり、先日は台湾まで元虎屋の和菓子職人さんと、和菓子のデモンストレーションに行ったりと、あちこちで活躍されています。その技術は、実は全国でもグンを抜いていて、10年、20年の経験者でも落ちてしまうこともある、全国和菓子協会による優秀和菓子職の日本最年少記録保持者という顔も! お店のことや職人になるまで、和菓子の魅力などなどについて、おうかがいしました。ただ、ひたすら誠実です。

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「三好屋老泉」は、去年で創業50年になります。瀬戸に店を構えてからは、30年になります。おじいちゃんが一宮にある和菓子屋の「三好屋」さんで修業し、そこからのれん分けしてもらったそうです。最初は尾張旭に店を構え、菱野団地ができて瀬戸がこれから発展して、盛り上がっていくぞ、というタイミングで2号店として現在の店が誕生したと聞いています。

僕は小学生ぐらいの頃から、おままごとの延長で店に立っていました。大のおばあちゃん子で、本店の尾張旭で「この子は3代目だ、3代目だ」とみんなに紹介され、なんとなくやるのかな? と思って育ちました。高校を卒業するとき、大学へ行くか、専門学校へ行くか迷いました。でも、技術を身につけるなら早い方がいい。むしろ退路をなくして、追い込んだ方がやると思い、和菓子が学べる学校としては日本で一番といわれている、東京の高田馬場にある「東京製菓学校」へ行き、2年間がっちり学びました。

卒業後は広島の「蜜屋」さんという和菓子屋さんへ。3代目の明神さんという方が、当時29歳でたいへんすばらしい技術を持っていたので、その技術に惚れて、広島まで勇気を出して、バーンと飛び出ることにしました。明神さんは、昔ながらのしきたりが多い業界で「1年目も2年目も関係ないよ。責任を持って、チャレンジしなさい」といってくださる方で、1年目で子どもたちを対象とした、和菓子教室の先生を任せていただきました。子どもたちはすごく反応が素直で、葉っぱや花をつくるよりも、梅雨だからかっぱさんつくろうかとか、わかりやすいものの方が好き。その頃から“かわいい”を売りにしている和菓子屋さんはニーズがあるかもと思い、実家に戻ってきて、形にしています。

また、同じ時期に2年に一度の東京で行われる、いかに短時間に、お菓子を綺麗に、早く、おいしく、つくれるかを競う「全国和菓子協会」の優秀和菓子職に選んでいただけました。これは、この道10年、20年の職人であっても落ちる試験のようなもので、キャリアを埋めるには頭を使うしかない。そう考え、あらかじめお題になりうるすべてのデザインを考え、時間短縮のため、色粉もこのグラム数に何滴入れたら、この色になるというデータを取り、勝負しました。深夜2時、3時まで練習する日々が続き、おかげさまでかなりスキルアップできたと思います。

その後は、いずれ製造、販売の両方ができる経営者になりたいと、「たねや」さんで大阪、名古屋、滋賀の3県にある百貨店での販売を担当して、実家へ帰ってきました。

どんなお店にしたいか? 父がいつも言うことは、地域密着型の和菓子屋さんです。冠婚葬祭の進物(しんもつ)といいますか、節目、節目のご挨拶をメインにニーズに合わせたお菓子屋さんをめざす、ということが根本にあります。

和菓子の魅力は、人が生まれてから死ぬまで、常によりそうもの。
赤ちゃんが生まれたら、誕生祝い。人が亡くなったら、葬式まんじゅう。七五三、おひなまつりなど、日本にはいろんな行事があって、日常に溶け込んだものでもある。うまく言葉にできないですけれど、お客さんの人生の節目に寄り添うことができるのかな。和菓子というのは、そういう意味合いが強く、人と人のつながりができるものだと思います。

 

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