「陶祖公園」へ行ってみたら、ものすごくよかった。
ウオコー方面に行く道中に、ちらりと目に飛び込んでくるので、その存在は知っていた。けれど、なかなか小高い山の上にあって、階段を登るのが大変そうという、ただひとつの理由で敬遠していたのだが、ちょっと損したほど!

そもそも、ここがどんな公園かというと、瀬戸が誇る“陶祖”の藤四郎(加藤四郎左衛門景正)大先生のことを伝えなくてはならない。
せともの祭りのときに、“磁祖”の加藤民吉さんのことを書いた。けれど、こんどは“陶祖”。その歴史はもっともっと古く鎌倉時代にまで遡る。なんでも藤四郎先生は、1223年、日本曹洞宗の開祖である道元さんとともに宋へと渡航。日本へと戻り、全国を歩き回って製陶に適した土を求めた結果、瀬戸村の祖母懐の地を発見。その土質が中国から持ち帰ったものと同じであることを知り、ここに陶業を開いたそうな。

そんな藤四郎先生の業績を讃えるべく、慶応3年(1867)に六角陶碑が建設され、その高さはなんと日本一の高さを誇る4.1m。そんなに大きなものをどうやってつくったのか。六角陶碑堂内の案内によれば、「瀬戸川の北側に位置する北新谷の丸窯の中で造り、焼成後に窯の入口を壊して取り出し、コロを用いて藤四郎山まで運んだと伝えられています」とのこと。
さらりと書いてあるが、「焼成後に窯の入口を壊して」あたり、当時の人も攻めるなあ〜とすっかり感心してしまう。この六角陶碑の面には、藤四郎さんのやたら詳しい人生などがあれこれ書いてあり、それを読むだけでもグッとくる。けれど、この公園は奥へと進んでいくと、意表をつかれる。

いきなり猿が現れるのだ。
1995年に、県内の「犬山モンキーパーク」から譲り受けたニホンザルらしい。なぜ。ちなみに、宮前地下街のすぐ近くにある「宮前公園」にはくじゃくがいる。
猿のすぐ近くには「野外ギャラリー」があって、大先生たちの作品が展示してあるもんだから、ツッコミどころ満載。さらに、奥行きがハンパなく、野球場が余裕で2つくらい入る広大さ。さすがは我が愛する町、瀬戸。こういうナゾすぎるところ、好きですヨ。

 

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